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「千刈」とは珍しい地名である。調べてみたくなる。羽束台地(現所在地)は、北摂でも古代から開けた土地で、一の坪、五の坪、
千束など古代条里制の名残りがある。千刈りに似る千束は、千束の稲がとれる広さの田地という意味から転じた地名だ。
千刈地区は長い間、深い眠りの中にあったと千刈CC40周年史は書く。眠りを破ったのは栗野頼之祐(関西学院大教授)。
「自然教育の場として最適」と、学院当局に訴え続け、昭和37年2月買収を完了。9月10日、学校法人とは別に
事業会社、羽束台開発(株)設立、資本金200万円、初代社長・天野利三郎(学院同窓会会長)、小宮孝関西学院長以下、
学長、中等部長等の名が役員にズラリ。10月17日関西学院千刈カンツリー俱楽部を設立と順調に進む。
学校法人がゴルフ場を経営する大義名分は、関西学院は国際的大学園、国際的な賓客を迎える社交機関としての
ゴルフ場が必要、国際人教育に役立つなどだった。
昭和38年11月28日、キリスト教式に牧師司会による起工式を挙行、翌29日ブル工事に入った。コース設計は、
天野社長が、鳴尾GC猪名川コース建設で苦労を共にしたJ・E・クレーンに依頼。学院所有地8.6万坪、羽束台地開発
(株)所有7万坪、計15万6000坪だが、実測20万坪。
土量移動は18ホールで僅か60万立方メートル、平坦な丘陵地だ。
千刈CCは、日本初のティフトン芝採用で話題だった。1956年(昭和31年)僅か7年前に米国ティフトン市で開発された
新種の芝で、高麗芝の100倍の繫殖力、葉が細く順目逆目がないなどの特徴がある。在日米軍ゴルフ場などに
登場していた。大量の水を必要とするティフトン芝のために全域にスプリンクラーを敷設、またキャディー不足を
見越してモノレールカートも導入。いずれも日本初だった。
昭和40年7月25日18ホールを本開場、クラブハウス内にチャペル(礼拝場)があるゴルフ場だった。
「美しい日本のゴルフコース」より・・・ |